90年代の半ばに組んだUZ6C6ーUY76ーUZ42(3結)PPアンプをばらし、手持ちのタムラトランスF475とA351を使い、300Bトランス結合アンプを組み立てたのが去年の5月の連休であった。
金田式No91アンプが音場再現に優れ、ギターであれば弦をつま弾く様子、津軽三味線であれば弦をバチで弾く様子が目に見えるような聴こえ方をするのに対し、組み立てた300Bトランス結合アンプでは音像がぼやけ去り、音が空中にふわっと広がるような聴こえ方をすることが特徴であった。再生音の方向性が全く違うのである。
A351の2次側を開放した状態で1kHzの矩形波を観察すると激しいリンギングがあり、周波数特性も20kHzに3dB以上のピークがあった。このため、A351の2次側を100kΩの抵抗でターミネートしたがリンギングは残り、聴感でも金田式に比べて高域のレベルが高いように感じた。Anita O'dayのブラスがかなりうるさく聞こえる傾向があったが、NFBもないのでこういうものかと思いながら、金田式アンプと取り換えながら時折音楽を楽しんでいた。
新宿区市谷台町にあったP&Cエレクトロニクスは1985年頃から無線と実験にナス管の広告を出し始め、それを見つけてからは1986年頃からナス管を買うために出入りを始めた。1990年代の初頭、そのP&Cエレクトロニクスからオリジナルのインターステージトランスを作ったので買ってくれないかと頼まれ、一肌脱いで買ったことがある。外観はSELのバンド型チョークトランスとそっくりである。1次と2次のインピーダンスも示されず、巻き線比が1:3というだけの仕様であった。店主は「WEのトランスもこんなものである」と言っていた。
このトランスは1個を当時の球仲間だったJH7VMV伊藤氏に進呈したまま、使うこともなく30年程も死蔵し続けていた。
300Bトランス結合アンプを組み立てて聴いているうちに、ふとこのトランスのことを思い出し、どのような音がするのか興味がわいてきた。P&Cとは30年連絡を取っていなかった。検索するとHPがあり、メルアドがわかったのであのトランスが1個無いか問い合わせてみた。
すると、倉庫に1個だけ残っており、5000円で送るというので早速送金した。そして届いたのがこれである。
錆があるので気に入らなかったら返品受け付ける、という触れ込みであったが、届いてビックリのサビサビである。酷い状態であり、通常は商品価値などないとみなされるであろう。30年ぶりに連絡をしてきた客に対してこういう仕打ちをするところがいかにもP&Cである。当時も通販では酷いものを平気で送って来た。
とはいえ、現物はこれしかないわけである。ピカールで磨いて赤さびを落とし、手持ち品と併せてようやく2個揃った。
正月休みに、重い腰を上げてようやくA351をこのサビサビインターステージトランスに換装した。
インターステージトランスの2次側は解放の状態で、オシロにより波高を観察しながらAFオッシレーターの周波数をスイープし、簡易的に周波数特性を確認してみた。
-3dBとなる周波数帯域は35Hzから10kHzであった。驚いたことに、10kHzから100kHz程迄の間にピークもディップもなく、至って素直に減衰していくFBな特性である。タムラのA351よりもアンプに組み込んだ時の特性がFBである。チョークコイルのような外観からは予想できない程素直な特性である。
このアンプは一体どんな音がするのであろうか。続けざまにCDを聴いてみた。
P&Cエレクトロニクスインターステージトランスを使った300Bアンプの試聴1ーAnita O'day
まずはモノラル録音のAnita O'dayである。タムラA351ではブラスが刺激的に聴こえていたのだが、このアンプでは自然な音になった。Anitaのボーカルも音がふわっと広がり、深みがあり素晴らしい。
P&Cエレクトロニクスインターステージトランスを使った300Bアンプの試聴2ーTony Bennett and Bill Evans Two Lonly People
次はTony Bennett and Bill EvansのTwo Lonly Peopleである。Tony Bennettの口元が目の前に浮き上がる聞こえ方。Evansのピアノも深みのある音で豊饒に鳴り響き、思わず聞き惚れてしまう。
P&Cエレクトロニクスインターステージトランスを使った300Bアンプの試聴3ー津軽三味線
そして津軽三味線による津軽じょんがらである。金田式No91アンプでは津軽三味線の弦が目の前でバチにより弾かれる様が目に見えるような聴こえ方をする。それに対し、このアンプでは眼前の虚空に定位した津軽三味線から音が空中に広がるような聴こえ方である。北東北人の魂を揺さぶる津軽三味線の音色に、思わず落涙しそうになる。
デジカメで録音した音が目の前で聴いた音を十分に表現しきれないことがもどかしい。
金田式No91アンプはカチっと音場再現をして楽器や歌手、ホールの空間の広さまでをも眼前に現出させる。それに対して、このアンプでは眼前の虚空に定位した音源から音がふわっと空中に広がるような聴こえ方である。HiFiといえば金田式の再現をさすのであろうが、このアンプの聴こえ方もこれはこれで素晴らしい。
まるでSELのチョークトランスのような外観のために、音には全く期待していなかったP&Cのインターステージトランスがこれ程までに素晴らしい音楽を紡ぎ出すとは、全く予想もしていなかった。オーディオに関して先入観程邪魔なものはないということをいやという程思い知らされた。
それにしても、インターステージトランスの違いでこれほどまでに聴こえ方が変わるものであろうか。2次開放で使っていることもこのアンプの音の素晴らしさに寄与していると思われる。
WEのアンプではインターステージトランスが2次開放で使われ、これがWEの音の高い評価に寄与しているとのことである。魅惑の真空管アンプ上巻に収録されている座談会の記録で、WEのトランスは2次開放で使うことが前提であり、終段管が接続された状態で(入力容量が接続された状態で)所定の周波数特性となるように設計されており、それがWEのノウハウであると指摘されていた。終段管に合わせたインターステージトランスを使用する必要がある、というのである。
P&Cがそこまで考えてこのインターステージトランスを製造させたのかどうかは不明であるが、結果として2次開放で素直な周波数特性となり、躍動感あふれる音になった。
最後に回路図である。初段と2段目を直結としたことにより、信号経路にカップリングコンデンサーが存在しない。このこともこのアンプの音に寄与していると思われる。
チョークトランスのような外観のP&Cサビサビインターステージトランスに特性でも音でも敗北し、うなだれるタムラA351である。